近年、ソフトウェアのサプライチェーンに対するセキュリティリスクが高まり、SBOM(Software Bill of Materials)という概念が注目を集めています。オープンソースソフトウェアや外部ライブラリの利用が一般化する中で、どのような要素が使われ、どのような脆弱性が潜んでいるのか知ることは重要です。
本記事では、SBOMの基本から実際の活用法、導入方法、今後の展望までをわかりやすく解説します。セキュリティ対策を強化したい担当者はぜひご一読ください。
SBOMとは?
SBOM(Software Bill of Materials)とは、あるソフトウェア製品やシステムに含まれるすべての構成要素を一覧化した文書のことを指します。部品表という名前の通り、ソフトウェアを構成するライブラリやモジュール、依存関係などを明示的に記載し、誰が・何を・どのように使っているかを可視化するものです。
特に近年は、オープンソースや外部コンポーネントを利用したソフトウェア開発が主流となり、自社で開発したコード以外の部分が占める割合が増加しています。そのため、万が一脆弱性が発見された場合に、どの製品に影響するのかを素早く把握するには、事前にSBOMを整備しておくことが有効です。
SBOMは、開発者だけでなく、セキュリティ担当者、運用部門、取引先企業など、広範な関係者にとっても有益な情報源となります。セキュリティ対策の強化、製品品質の維持、リスクマネジメントの面でも、SBOMの導入は企業活動を支える重要な基盤になりつつあります。
SBOMが注目される背景
SBOMが注目される最大の要因は、サプライチェーン攻撃の増加と、オープンソース脆弱性の管理の難しさです。昨今では、Log4Shell(Apache Log4jの脆弱性)やSolarWinds事件など、ソフトウェアの構成要素に起因する重大なセキュリティ事故が多発しており、企業や政府機関は「自社が使っているソフトに何が含まれているのか」を正確に把握する必要性に直面しています。
こうした背景を受け、米国では2021年にバイデン政権が発出した大統領令により、政府調達におけるSBOMの提出が求められるようになりました。日本でも、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)などがSBOMの重要性に言及しており、今後は民間企業においても対応が求められる方向です。
さらに、DevOpsやCI/CDの普及により、ソフトウェアの更新頻度が高まる中で、手動による脆弱性チェックや構成管理には限界があります。こうした現実に対応する手段として、SBOMの整備と自動生成・管理の仕組みづくりが注目されているのです。
VEXやSCAとの違い
SBOMと混同されがちな用語として、「VEX(Vulnerability Exploitability eXchange)」や「SCA(Software Composition Analysis)」があります。それぞれの役割と違いを理解することで、SBOMの活用範囲を正確に把握できます。
VEXは、SBOMで把握したソフトウェア構成に含まれる脆弱性のうち、実際に悪用可能かどうかを判定・通知する情報をまとめたものです。すべての脆弱性が即座にリスクになるわけではなく、VEXは実際に影響があるかを明確化する重要な補足情報です。
一方、SCAはソースコードやバイナリを分析して、含まれるOSS(オープンソースソフトウェア)やライブラリ、ライセンス情報などを抽出・管理するツール群を指します。SBOMの自動生成や更新にもSCAが使われることが多く、SBOMとSCAは密接に連携しています。
つまり、SBOMは構成情報の一覧表、VEXはリスク判定情報、SCAは自動的にSBOMを作成・分析する手段という位置づけで、それぞれが補完し合う存在です。
SBOMに含まれる主な情報
SBOMはソフトウェアの構成要素を一覧化したドキュメントですが、単なるリストではありません。ソフトウェアの健全性やリスクを可視化するために、さまざまな情報が盛り込まれています。これらを把握することで、セキュリティリスクやライセンス違反の早期発見・対応が可能になります。ここでは、SBOMに含まれる主要な情報項目について詳しく見ていきます。
構成部品の一覧と依存関係の可視化
SBOM(Software Bill of Materials)は、ソフトウェアの構成要素を一覧化することにより、その中身を明確に可視化するツールです。ここでいう「構成部品」とは、ソフトウェアを構成する全てのライブラリやモジュール、外部依存ファイルなどを指します。OSS(オープンソースソフトウェア)やサードパーティ製のコンポーネントなども含まれ、手動では把握しきれない複雑な構成が整理されます。
特に注目すべき点は「依存関係の可視化」です。多くのソフトウェアは複数のライブラリに依存しており、さらにそれらのライブラリが別のライブラリに依存する「入れ子構造」になっています。SBOMではこうした階層的な依存関係を把握することで、特定の脆弱性や問題がどこまで影響を及ぼすかを正確に特定することができます。
たとえば、あるコンポーネントに脆弱性が見つかった場合、SBOMを使えばその部品がどの機能に使われているのか、どのライブラリを通じて間接的に利用されているかまで遡って確認できます。このような構成情報の可視化は、セキュリティ管理やコンプライアンス対応を迅速に行ううえで欠かせないものです。
バージョン・ライセンス・脆弱性の情報管理
SBOMが有効に機能するためには、各構成部品に関する「バージョン」「ライセンス」「脆弱性」の3つの情報を正確に管理することが重要です。まずバージョン情報は、ソフトウェアがどのリリース版を使用しているかを示し、互換性や不具合、既知の脆弱性の有無を判断する材料となります。特に旧バージョンを利用している場合は、アップデートの必要性を素早く把握できます。
ライセンス情報は、利用しているOSSやライブラリに付随する利用規約や制限事項を明示します。たとえば、GPLやMITなどのライセンス形態によっては、ソースコードの公開義務や商用利用の制約が課されることがあります。SBOMによりライセンス情報を把握しておくことで、将来的な法的リスクを回避しやすくなります。
さらに、脆弱性情報の管理は、セキュリティ対策の中核です。SBOMに記載された各部品と、それに紐づく既知の脆弱性(CVEなど)を照合することで、潜在的なリスクを洗い出すことが可能です。また、脆弱性データベースと連携して最新の情報を自動反映する仕組みを取り入れることで、継続的なリスク管理にも対応できます。
このように、SBOMは単なるリストではなく、情報の鮮度と正確性を保つことで初めて、実践的なセキュリティ管理のツールとして機能します。
SBOMのメリットと導入効果
SBOMは、ソフトウェアに含まれる部品や構成情報を明示的に管理できる仕組みとして、近年多くの企業で注目されています。セキュリティ対策としての有効性だけでなく、開発や運用の効率化、取引先との信頼性向上といった観点からも導入の効果が期待されています。ここではSBOMの導入によって得られる具体的なメリットを解説します。
脆弱性の早期発見と対策につながる
SBOMを導入する最大のメリットのひとつが、ソフトウェアに含まれる脆弱性の早期発見と迅速な対応が可能になる点です。SBOMには、各コンポーネントの名称、バージョン、開発元、依存関係などの情報が明記されており、脆弱性が報告された際に影響範囲の特定がしやすくなります。
従来は、対象のソフトウェアにどのようなオープンソースやライブラリが使われているかを把握するのに時間がかかり、対応が遅れる原因となっていました。しかしSBOMを活用することで、既知の脆弱性データベース(NVDなど)と照合しやすくなり、該当するリスクの有無を即座に確認できます。
また、開発中の段階でもSBOMによって使用予定の部品を洗い出し、安全性やサポート状況を事前に確認することで、問題のあるライブラリをあらかじめ排除する判断も可能です。これにより、設計段階からセキュアな構成を意識した開発が実現します。
脆弱性が顕在化してから対処するのではなく、リスクを未然に把握し、先手を打てる体制が整うことは、情報セキュリティ対策の精度とスピードを飛躍的に向上させる要素となります。SBOMは、単なる部品表以上に、セキュリティレベルを高める重要なツールです。
インシデント発生時の迅速な対応が可能に
SBOMを活用することで、セキュリティインシデントが発生した際の対応スピードが大きく向上します。たとえば、あるソフトウェアに深刻な脆弱性が発見された場合、SBOMを通じて自社製品のどの部品にその脆弱性が影響しているかを即座に特定できます。構成情報や依存関係が文書化されていることで、調査の手間を大幅に削減できるのが特長です。
また、サプライチェーン全体でSBOMが共有されていれば、パートナー企業との連携もスムーズになり、被害の拡大を防ぐ判断を迅速に下すことができます。製品の更新計画やパッチの適用対象も明確になるため、優先順位をつけた対応が可能です。
VEX(脆弱性の悪用可能性に関する説明)などと組み合わせることで、影響範囲の把握精度を高め、過剰な対処や対応漏れを防ぐことにもつながります。インシデント対応の初動を早める体制づくりにおいて、SBOMは重要な役割を果たす存在です。
合わせて読みたい→セキュリティインシデントの対応方法
顧客や取引先への透明性確保・信頼向上
SBOMの整備と提供は、顧客や取引先に対する信頼性のアピールにもつながります。ソフトウェアに使用されているコンポーネントの構成やライセンス情報、脆弱性の有無を明示できることで、「どのような製品なのか」を説明する材料となり、透明性の高い姿勢を示すことができます。
近年では、調達先のセキュリティ体制を確認する「サプライチェーンリスク管理」が求められる場面が増えており、SBOMを提示できること自体が選定の条件になるケースもあります。とくにグローバル市場では、政府や大手企業からSBOM提出を義務づけられる流れも進んでおり、対応していない企業は取引機会を逃すリスクがあります。
一方、提供されたSBOMを通じて、顧客側でもセキュリティ検証が可能になるため、結果としてリスク共有と信頼関係の構築が進みます。こうした背景から、SBOMは単なる管理ツールではなく、企業の信頼性を可視化する要素としても重視されています。
SBOMの導入方法とツール選定のポイント
SBOMの導入を検討する際には、目的に応じた実装方法とツールの選定が成功の鍵となります。まずは、自社製品やサービスの中でSBOMが必要とされる対象を明確にすることが出発点です。特定の製品に含まれるソフトウェアの部品情報を可視化したいのか、全体のセキュリティ体制を強化したいのかによって、アプローチが異なります。
導入ステップとしては、対象ソフトウェアの構成情報を抽出・整理する段階から始めます。SBOMを手動で作成することも可能ですが、効率性や精度を重視する場合は、SCA(ソフトウェア構成分析)ツールなどの自動化ツールの活用が効果的です。ツール選定では、対応フォーマット(SPDX、CycloneDXなど)、検出精度、脆弱性DBとの連携、CI/CDツールとの統合可否といった要素を比較検討する必要があります。
社内で継続していくには、関係部門との連携や運用体制の整備も欠かせません。セキュリティ部門が中心となって開発部門や調達部門と情報を共有し、更新の自動化や脆弱性通知との連携まで含めた体制を築くことが、実運用におけるポイントです。
外部ベンダーや委託先が提供するSBOMの確認や、取引先への提出対応も考慮すると、SBOMは単なる台帳管理の域を超えた、企業全体のセキュリティ基盤としての価値を持ちます。信頼性とスピードを両立できる運用環境を整えることで、SBOMの本来のメリットを最大限に引き出すことができます。
SBOMの活用が求められる分野
SBOM(ソフトウェア部品表)の活用が急速に広がっている背景には、さまざまな分野でのソフトウェア依存の高まりと、セキュリティリスクへの懸念があります。とくに重要インフラや製造業、IoTを活用したスマートデバイス関連では、サプライチェーン全体の透明性とリスク管理が求められており、SBOMの導入が不可欠となりつつあります。
たとえば、エネルギーや医療機器といった重要インフラの分野では、製品に含まれるソフトウェアの脆弱性が直接的に人命や社会基盤に影響を与えるおそれがあります。そのため、政府機関や業界団体がSBOMの整備を推奨または義務化する動きも進んでいます。
また、ソフトウェア開発においては、再利用するOSS(オープンソースソフトウェア)への依存が進んでいることから、脆弱性の把握やライセンス管理の必要性が増しています。クラウドサービス、Webアプリケーション、SaaSなどを提供するベンダーも、顧客からSBOMの提出を求められるケースが増えています。
こうした背景から、SBOMはセキュリティ部門だけでなく、開発、運用、品質保証、調達といった多部門にまたがる重要な情報基盤として位置づけられつつあります。
SBOM対応に向けた企業準備と今後の展望
SBOMの活用は、単なるセキュリティ強化にとどまらず、企業の開発体制やサプライチェーン管理の在り方そのものを見直すきっかけとなります。対応に向けては、まず現状のソフトウェア管理体制を棚卸しし、SBOMの導入目的と活用範囲を明確にすることが重要です。
自社開発ソフトウェアだけでなく、外部ベンダーから調達するコンポーネントにも目を向け、SBOMの提出・取得フローを確立する必要があります。そのためには、開発部門、情報システム部門、法務・契約部門などが連携し、体制を整備することが求められます。
また、今後は国際的なSBOM標準の整備や法規制の動向にも注視が必要です。たとえば米国の行政命令を皮切りに、各国でSBOM提出を義務付ける動きが広がりつつあります。こうした規制対応に向けて、SBOMを継続的に生成・更新し、社内外に展開できる体制づくりが鍵となるでしょう。今後のソフトウェア開発・運用において、SBOMは不可欠なインフラの一部となる可能性が高まっています。
まとめ
SBOM(ソフトウェア部品表)は、ソフトウェアに含まれる構成要素を可視化し、脆弱性対応や透明性の確保に役立つ情報管理の手段として、急速に注目を集めています。特にサプライチェーンの複雑化やセキュリティリスクの高まりを背景に、SBOMの導入は企業の信頼性向上にもつながる重要な取り組みとなっています。
SBOMの運用には、対象範囲の明確化や適切なツールの選定、社内体制の整備が欠かせません。今後の制度対応や国際動向を見据えつつ、自社に合ったSBOM活用戦略を構築することが、企業にとって大きな差別化要素となるでしょう。